学習者が自律的に学ぶということ

「毎日漢字テストが欲しいです」

日本語教師の役割として、日本語を教えるというよりも、自律的に日本語を学ぶ学習者の支援者であったりファシリテーターであったりすることが求められている。学習者が自律的に学ぶということについて、今学期(2025年4月~7月)考えながら、それに基づいて色々やってみた。

クラスの雰囲気はメンバーの構成(国籍、日本語レベル)や卒業後の進路、メンバー一人一人の個性などによって、目に見えない形で日々作られていく。新学期が始まり、4月に担任になってから初めて学生と接して、最初はどんなタスクを設定すると、クラス全体のモチベーションが上がるのか、どうすればさらにモチベーションを継続できるのかを感じながら進めていく。

今回担任になったクラス(23名:国籍は中国、ベトナム、モンゴル)で、学生達とやりとりしたり、学生達の様子を見た結果、皆、「漢字」を覚える事が難しいことに、特に問題意識を持っていると感じた。そこで日々、指定範囲の漢字学習の成果をチェックするための小テストをすることにした。そうしたいという声が実際にあっただけでなく、クラス全体の問題意識的なオーラを感じたからだ。

「テスト」と言う言葉は不思議な力を持っている。たとえそれで学期の成績が決まるような重要で大きいテストでなくても、「テストします。」といったとたん、緊張感が走り、空気が引き締まるからだ。テストが好きだという学生はどちらかというと少ないのではないか。しかし、今回担任をしているクラスの学生達は、テストをしてほしいという気持ちが満々だったのだ。

それは、テストがあることによって勉強しなければと思うし、テストで何度も繰り返しやれば、覚えられない漢字も覚えられるようになると学生達が自らが思い、テストが欲しいと自ら望んだということだ。自分で自分の学習を進めようとしている一歩なのではと思った。

それを後押しするために、教師が成績を管理するのではなく、学生一人一人に自分の成績管理表に、毎日の成績を記入してもらうことにした。テスト範囲が一巡し、2周目も同じテストを繰り返し、成績は第1回目の下に記入して自分で比較するように声を掛けた。

同じ範囲のテストが2周したところで、成績表を見ながら各自、振り返りをしてもらった。成績表に自分の言葉でコメントを書いてもらおうと思ったが、4択の選択式にした。(こんな感じの選択肢だったと思う)

①テストのために毎日漢字を練習したため、漢字が覚えられた。
②家では勉強しなかったが、学校に来てからさっとテスト範囲を見たので、漢字が覚えられた。
③テストがあるが、家でほとんど勉強しなかった。でもテストのおかげで少し覚えられた。
④テストがあるが、家でほとんど勉強しなかった。漢字もほとんど覚えていない。
⑤その他コメント

成績表を配布し、自己管理を続けてもらっていた時に段々気付いてきたのだが、学生達は自分の漢字の習得の進捗や変化について、無頓着な様に見えた。数字を見てそれを次の行動につなげるという経験がこれまであまりなかったのだろうか。あくまで成績は結果を見て終わりであって、努力が結果に結びついているかどうかを確かめるツールではないのだろうか。そして、自分達から「毎日テストが欲しい」と言ったはずだったが、振り返りで②を選んだ人がとても多かったのだ。ところが回収したのちにそれを見直してると、②を消して①に変えている人が何人かいた。

これは何を表しているのか。学生達に問いかけても苦笑いのような表情だったり、はっきりしない答えが多かった。漢字を覚えられたかどうか、学校に来てその場で小テストを受ける事を繰り返せば、何もしないよりは少しでも漢字を覚えるだろう。しかし、その結果をもとに次につなげる行動を一人一人が自分から起こさないと、結局テストをやらされているだけになってしまう。自律的な学習管理の一助に良かれと思って配布し、記入を促してきた成績表もまるで他人事のようになってしまう。

自分ごととして本気で取り組みたいと思える、取り組んだ後もその思いが持続できるような支援ができたらいいのだが・・・。8月から再出発したい。

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